今回は、アデュールの英会話講師で、日本酒メーカーの輸出業務にも従事している講師による「日本酒メーカー輸出担当者に必要な英語」というテーマとなります。
日本酒業界の方だけでなく、その他の業界で海外とお仕事をされている方にとっても、参考になる記事だと思いますので、是非ご覧になって下さい。
目次
1. 自己紹介
皆さんこんにちは。
私は日本酒メーカーで輸出の担当をしています。近年日本酒の海外での需要は年々伸びており、どこのメーカーも輸出にフォーカスしています。
日本酒業界では現地のお酒のプロと消費者に日本文化を英語で紹介するので、言葉にも“authenticity”を残しながら分かりやすく紹介する必要があり、それは「日本語」を文章に入れ込むことで聞き手の興味を引き出すという、少々特殊な言葉の使い方をする業界だと感じています。
ここでは、日本酒メーカー輸出担当者の英語に関わる業務についてご紹介いたします。
2. 日本酒海外輸出業で想定される英語が必要な場面、業務
日本酒海外輸出業では、様々な場面で英語での仕事があります。代表的なものとしては、以下のようなものがあります。
ここからは、上記の業務の中のいくつかについて、もう少し詳しくご紹介します。
2-1. 英語表記の文言作成
対外的に出るものの英訳では、文法だけでなく、言葉選び、表現方法がブランドに合い、統一感を持って表現できているかが大切であると感じています。
ラベルやフライヤーなどは、必要な情報を端的に、そして瞬時に伝えられる文言で、決められたスペースに収まるようにしなければなりませんので、語彙力が求められます。言葉はその意味だけでなく、ブランドイメージも作り上げますので、どの様な言葉をどう使うのかはとても重要なポイントです。
勿論外注することが可能な仕事で、そうしている蔵元も多いと思います。
しかし、外注先の翻訳者がアルコール業界に精通していて、さらにブランドを理解して言葉を選ぶことはほぼ無いと思います。ブランドイメージが大切な業界だけに、自社で言葉選びができた方が安心です。
例えば日本酒の味わいを表現する時に使われる言葉に「端麗辛口」があります。蔵元によってブランドイメージが異なるので、表現は幾つか思い当たります。
“Clear and dry”, “clean and crisp”, “serene and dry/crisp”が代表的だと思いますが、ブランドによってどう表現するか、そしてこの手の表現は常に同じ言葉を使うことが大事です。ブランドイメージと直結していますから、気分によって変えるのはお勧めできません。ただし、口頭での説明にはその時の気分で一番それを表現できる言葉を使っていいと思います。
2-2. 展示会やイベント
展示会やイベントでは直接お客様へ商品のご紹介をするわけですが、両隣のブースの他の蔵元さんが“ザ ベスト サケ イン ジャパン!”を連呼しているのをよく耳にします。
お客様はお酒の味見をして、蔵元から「その味をどう出しているのか?」「どういう志でお酒を造っているのか?」等沢山聞きたいことがあります。
そういった場合、現地流通会社の営業担当者が通訳をする場合かほとんどですが、「本当に蔵元今そう言った?」というような通訳をしているのを聞いたことが幾度とあります。
それは、現地営業担当は日本酒のプロではないということ、さらに「想い」を伝えるというのは話し手のバックグラウンドがしっかり理解していないと通訳が不可能だからです。
蔵元の所在地、創業年度、商品名、値段等のword by wordで淡々と通訳できる内容の場合は問題ないかもしれませんが、何故こういった酒質を目指したのか、蔵元として大切にしていること、商品ができるまでのストーリ―等の消費者として一番気になるところであり、商品に目に見えない付加価値を与え、ファン層を作る情報を伝える場合では、内部の人でない限り通訳は不可能だと思います。
ですので、自社のことは自分がコミュニケートできる方が良いということになります。
2-3. 役員付き通訳
役員付き通訳の英語は、自社や商品の説明をするときの思考回路とは少々異なります。
外国からの来客時や、海外出張中の諸々、海外でスピーチ通訳と様々ですが、ここで共通するのは役員が“exciting”して日本酒に関して話す内容の通訳ということです。ここではその“excitement”が聞き手に伝わる言葉選びをすることが大切です。
社内通訳のメリットは、社外の通訳者の通訳とは異なり、抜けている情報を付け加える、復唱している情報をまとめる等の内容の手直しができるところです。重要なのは、通訳者が話の内容を120%理解していることです。
どんな特徴のある話し手であろうとも、内容さえ分かっていればトンチンカンな通訳を避けることができます。話し方の特徴によっても通訳がし易い/し難いがありますが、それは回数重ね慣れるとだんだん上手になってくると思います。
私は特別プロジェクトメンバーとして社長の様々な商談通訳をする機会が多くある時期が数年ありました。伝えたいことが沢山ある人なので、話しながら話がまとまらなくなることが多く、結局何が言いたかったのか分からなくなったり、話が飛躍しすぎてもともとの話に戻れなくなったり、背景説明が全くなかったりと、通訳泣かせです。
幸いにも私はプロジェクトメンバーなので、社長とは常日頃から会話を交わし、内容も熟知していましたが、はじめは彼の話し方(言葉選び、言い回し、物事の説明の仕方)から伝えたいことの本質を見極めて聞き手が分かるように通訳することが困難でした。
慣れてくると次に何を話すかが分かるほどになり、字幕ならぬ声幕のように通訳できるようになりました。一緒に仕事をしているうちに、プロジェクト内容だけでなく、彼の性格や考え方等が分かるようになってくると、通訳もしやすくなりました。
似たような他のケースをご紹介します。
私の上司とは、入社以来一緒に仕事(上記のプロジェクトも)をしていますので、性格や考え方は120%理解していています。上司本人もある程度英語が話せるので、全てのことに通訳が必要ではありません。ただ、たまに上司の通訳をする機会があった時に、彼が説明していることの内容や、次に言うであろうことも分かっていても、彼の話し方に対して私が英語文章を想像することに慣れていなかったため、聞き手に伝わりやすい英語の表現で通訳する事が難しいと感じた事を覚えています。今ではだいぶ慣れで声幕ができるようになってきました。
ここで話している「通訳」はあくまでも社内通訳であって、外部のプロの通訳者は決して同じようにはしないでしょう。
2-4. 海外向け総務業務
この英語業務はそれほどウェイトが高くないと思いますが、少し触れておきます。
アルコールを海外へ輸出するというのは、それ以外の物の輸出に比べて、格段に各国の法律が厳しく、関係する書類、作成のための情報収集、等多くのステップがあります。
時にはすべての書類が外国語という場合もあります。しかしながら、現地流通業者からのヘルプもあるのでこの部分はそれほど英語力を要求されることは無いです。
英語力が必要な総務業務としては、現地の状況を自社でもある程度リサーチ、海外当局へコンタクトしなければならないような状況、海外の資材メーカーへの問い合わせ、海外の輸送会社への問い合わせ、等様々です。
この業務は主に読んで理解するという作業なので、おそらく多くの日本人が得意な分野ではないでしょうか?
3. 特有の業界英語
日本酒文化を海外で紹介するので、基本、業界専門用語は日本語を使い、その説明を英語でするというのが通常です。
外国人のお客様(特にプロのお客様)の多くはオリジナル言語で表現したいと考えています。ワイン好きが産地の単語を使って注文したり、話したりするのと同じです。
例えば「酒」は“rice wine”ではなく“Sake”と表現します。「純米大吟醸」は“ultra-premium pure rice wine”ではなく“Junmai Daiginjo”です。
日本語にも外来語が沢山あると思いますが、それと同じで日本酒用語も日本語のままで世界各国に根付く状況を作り出すことが一つの業界全体の目標となっていると思います。ですので、相手の日本酒認知レベルによって対応は変わると考えられます。
全く分からない人へは用語の意味を伝える作業が多く出てきます。例えば、多くある質問の中に、“What is the difference between Daiginjo and Junmai Daiginjo?”があります。答えにはいくつかのレイヤーがあります:
1.“Daiginjo”がなんであるかを説明。これは言葉の意味を説明するサブアンサーです。
2.“Daiginnjo”には醸造アルコールが入っていることを説明します。これもサブアンサーですが、この「醸造アルコール」というのは、醸造業界で共通で使っている英語“brewers alcohol”があることを知っていることが大切です。“hard liquor”や”high proof of distilled alcohol”とも言えると思いますが、新たな質問を作り出したり、答えがクリアでなくなる可能性もあります。ワイン用語やビール用語を英語で知っていると日本酒の説明がスムーズにできると思いますので、私たちの学びの範囲は広いと思います。
3.醸造アルコールを使うことがどういうことなのかを説明。これがメインアンサーです。
4. 英語が苦手な人がひとまず生きていくためにやれる事
英語が出来ない、又は苦手なのに、英語が必要な輸出担当部署に配属されたという方もいらっしゃると思います。
ここでは、そんな方々が、ひとまず生きていくためにやれる事、考えるべき事をご紹介します。
4-1. 自社商品の説明、製造工程等の英語訳
自社商品の説明、製造工程等を英語訳するといいと思います。一度英語で考えて書いてみると実際話す場面がきた時に言葉が頭に浮かびやすいと思います。
英語文章を作るときのコツは“big word”を使わないようにすることです。辞書に書いてある“big word”はカッコよく見えるし、使いたくなってしまいますが、きちんと意味を理解していないと表現したい事と別の意味を含む可能性があります。個人的に使わない方が読みやすい文章ができ、スタイリッシュになると思います。
あと、日本語に忠実ではなく内容に忠実な英語を考える癖をつけることです。英訳エクササイズが素晴らしいのは何よりも自社商品を熟知することができるところです。日本語で説明する時にも必要な情報ですしね。
4-2. 類似業界の業界英語の学習
特有の業界用語で紹介した“brewers alcohol”などのワインやビールの業界用語を英語で勉強しておくのは有意義だと思います。多くの人が親しんでいる言葉を使って説明ができれば理解度も高まります。
ただ、注意点として、日本酒業界では使うことを避けている用語もあるかもしれません。
日本酒業界は世界で「日本酒」というカテゴリーを確立させたいと強く思っていますので、混同させる言葉は使わないようにするというのはこの業界の“unwritten rule”です。
4-3. 他社の英語表現の調査
海外のワインメーカー、ビールメーカー等のウェブサイト、インスタ、Twitter、他ソーシャルメディアをブラウズする習慣をつけて、彼らが自分たちをどう表現しているかを見て学ぶのもいいと思います。自社の翻訳作業をするときに参考になると思います。
いかがでしたでしょうか?
日本酒業界にいらっしゃらない方であっても、輸出業務、海外営業など、海外とのやり取りがあるお仕事をされている方にとっては、参考になる情報もあったのではないかと思います。
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