今回は、アデュールの英会話講師の中で、元外交官の講師による「外務省で求められる外交官の英語スキル」というテーマとなります。
私は外務省職員として、オーストラリアのシドニーを皮切りに、バングラデシュ、オーストラリアのメルボルン、ネパール、スリランカ、ニュージーランド、エストニアと、多くの国、地域へ赴任してきました。ここでは、滞在期間の長かったオーストラリアでの経験を中心に、外務省職員としての業務や英語について述べさせていただきます。
1. 外務省の構成
先ず外務省という役所について少々ご紹介します。
外務省は最新の数字では、総職員数約6,000名、その内東京霞ヶ関の本省に勤務する職員約2,550名と世界中に210ある在外公館(大使館、総領事館そして国連などの国際機関日本政府代表部)に勤務する約3,450名からなっています。大使館は日本が外交関係を結んでいる国の夫々の首都にあり、総領事館は首都以外の主要都市に置かれています。アメリカを例にすると首都ワシントンに大使館があり、ロサンゼルス、サンフランシスコやホノルルには総領事館があります。
大使館は夫々の国情により幾分の違いはあるものの大使(正確には特命全権大使、天皇陛下から直接手渡しでその任に当たる『信任状』を受け取り、それを任国の元首に手交することで日本の全権を委託された官職)を館長として、その代理を兼ねる公使、参事官、その下に政務、経済、広報文化、経済協力(途上国のみ)、領事、警備、官房の各班が配置されており、書記官、理事官等の東京(本省)派遣のいわゆる外交官と現地で採用された現地職員で大まかに構成されています。大使館と総領事館はその館員の身分は若干の違いがあるものの役所としての構成は館長を総領事、その代理が首席領事、各班を構成する館員は領事と呼ばれ、機能的には大きな差はありません。
また、他の省庁からの出向者も多く、経済班には経産省等から、領事班には法務省等、警備班には警察や警備会社等から、官房班には医務官、会計、経理、営繕の専門家が派遣されています。また専門調査員として大学院の修士、博士課程を終えた学識経験者がその専門性により政務、経済、広報文化班等に配属され、各種調査、研究成果が共有されています。大規模公館には姉妹都市交流等の関係で広報文化班に都道府県からの出向者が配置されている例もあります。
基本的には9時から17時までの勤務。現地スタッフと共に働く窓口等は別途時間が決められています。週末は基本的に休みですが、イスラム教国などは金曜、土曜を休みにしているところもあります。祝日は、日本の祝日とその国の祝日をみて、外交的に重要なものから順次休館日として、年間の休館日数を全世界共通で決めています。
2. オーストラリアの英語
私は、初の赴任先シドニーでは官房班に所属され、庶務、いわゆるAdministrationで広く、浅く、多くの仕事をこなしました。そんな中でやはり気になったのはあのAussie Englishです。
私は英検1級に合格していたことで海外での就職に弾みをつけたのですが、それまで日本で勉強していた英語はやはりその国のネイティブと過ごす日常では勝手が違いました。先ず、総領事館の女性秘書たちに「You speak Yank’s English.」と指摘されたことがありました。私がひたすら勉強していた英語は発音、語彙を含めほとんどがアメリカ英語で、これを皮肉られたのです。経済、文化的に影響を受けているアメリカ、それを認めながらも私たちの「へその緒」は当時の多数派であった出身国イギリスと繋がっていると言いたかったのでしょうか。
新聞、雑誌等で見る英語のスペルは初めて見るイギリス英語の連続でした。Laborは labour、centerは centre、realizeがrealise。それも発音となると正統King’s English、Queen’s Englishというよりも有名なあのtodayがどうしてもto dieに聞こえるオージー・イングリッシュでした。
でも重要なのは、アメリカ英語であれイギリス英語であれ、文法的に正しく発音、アクセントが明白であれば確実に意思疎通できるということ。その上でオーストラリアの生活を通じ、独特の語彙、アクセントに慣れていけばいいと思います。
3. 外務省の広報文化事業
シドニー赴任を経て、その他の国への赴任も経験しましたが、1993年にメルボルンの総領事館へ赴任となり、再度オーストラリアでの勤務が始まりました。
私の総領事館での仕事は広報文化で、以後退職までこの分野の仕事を最も多く担当したのですが、領事事務、経済協力を担当した時期もありました。広報文化事業には日本政府の施策の広報、メディア対応、日本文化を広める事業の他に日本とその国との交流促進事業があります。
1997年6月大相撲メルボルン場所前年の記者会見で当時の大関武蔵丸関、土佐ノ海関に筆者がインタビュー
その中で、日本語教育を促進するのも一つで、在メルボルン総領事館はオーストラリアのVictoria、South AustraliaそしてTasmania州を管轄していました。
Tasmaniaは豪州で最も小さな人口50万程度の州でした。日本語振興も重要な役割の一つでしたが、メルボルンのあるVictoria州やSouth Australiaと比べて人口が少なく、当然日本語学習者も多くはなかったのです。
しかし、この頃州都ホバートの教育省担当官からは熱心な陳情を連続して受けており、何とかその思いに応えたいと思っていました。私の任期も終わりが近づいたころ初めて出張の機会が与えられました。
同州北部の第2の都市と州都ホバートのタスマニア大学の協力も得ながら、ビデオを使った教育が実現することとなり、そこで現地新聞から取材を受けました。
この中で私は「タスマニアの思いは小さなろうそくの火だけど、決して消してはいけない。皆さんの思いが募った強い炎ですから」とコメントしました。
タスマニアの日本語教育についての現地新聞インタビュー
4. 外務省(在外公館)で求められる英語力
公務員採用試験では各種筆記試験が実施されており、入省後の各種研修を経て、多くの専門語の研修や留学を経験します。その中で、たとえどんな外国語を専門とする場合でも、その基本に英語があり、英語は実用レベルにあることがほぼ全職員の前提となっています。
1でご紹介した通り、大使の下にある組織ですが、その職務は日本政府の出先として、外務省本省からの各種訓令に基づき夫々の国と折衝、交渉し、本省に報告することです。相手国にすんなり受け入れられない場合には、夫々の国情を知り、情報網を確保している大使館としては、逆に現地の各種事情を説明することで本省に理解を求めることも大切になってきます。つまり、外務省、大使館という組織内の英語によるコミュニケーションが正確、確実に出来ることが重要です。
私が長く担当した広報文化セクションでは、広く日本全般の事情について現地の人々から照会を受けることも多く、日本の政治、経済、社会、文化等の事情を広く知識として整理しておくと共にそれを英語で説明する能力が必須となります。「広報」としては現地メディア向けに日本の各種政策を英文プレスリリースで送付するのですが、それを受けたメディアから更に詳細説明を求められる場合には、多くの場合英語でこれに応えることになります。電話応対はまさにlistening能力ですが、3でご紹介した日本語教育分野のインタビューのように、記事内容の正確さを期すためにメディアとは英文メールでの確認、やり取りをすることもありました。
メディア対応として、現地メディア全般の日本関連記事、報道を大使館館内で共有し、必要に応じ本省に概略と共に報告します。これは英文読解とその概略ポイントについてスピード感をもっておこなうとともに事実との相違がある場合にはそのメディアに照会、必要であれば訂正をお願いすることもあります。つまり、語彙力を高め、ザクっと英文を理解しつつ問題点をあげる能力が必要です。これは、各種会議、会食、パーティでの英語のやり取りを本省に日本語で報告する場合にもとても重要な英語力だと思います。
5. 雑談の重要性
日本の会社、役所で、月曜日に日焼けした顔で出勤したら、職場のどれほどの人が「週末はご家族と楽しまれました?」と話しかけてくるでしょうか。少なくとも私がいた東京の役所ではあまり機会がなかったと思います。
雑談というと取り敢えず日本の職場ではネガティブにとらえられる事が多いと思います。
ですが、一旦、外国にある日本の大使館、総領事館で勤務すると、月曜朝一番はHow’s your weekend?で挨拶が始まり、家族で行ったビーチサイドでのバーベキューや自分のお気に入りのサッカーチームの戦績について情報交換します。これは職場の自然な潤滑油そのものです。これがないとその国によっては、日本政府の出先、在外公館という重要なエンジンがうまく始動しません。
どこの在外公館にも日本から派遣されている日本人外交官よりも多い人数の現地人職員が同じ屋根の下で一緒に働いており、彼ら、彼女たちとのパートナーシップがとても重要です。
日本の日系の会社組織では基本的に日本語だけでコミュニケーションできます。そして「雑談」が受け入れがたいこともあり、必要最小限の会話でやり過ごしている事が多いと思います。もちろん、そんな堅い社内のやり取りを時間外の「飲ミニケーション」で解消することもありますが。
ちなみに、この日本語での会話、誰もが相手の目を見て出来ているでしょうか。相手を察する日本社会では、その時々に相手の目を見ていなくても十分に会話は成立します。相手の地位によりふしめがちに対応をすることもありますが、英語ではこのeye contactがとても重要です。
6. 英語学習の試行錯誤、失敗談
昔、私がアメリカ人の英語講師と週末の過ごし方についてやり取りしていた際、私は「草野球に参加し、楽しかった。」と英語で答えました。
すると講師が「どこのポジションだったの?」と質問してきたので、私はレフトだと答えたところ、「left out それとも left field?」と聞き返されました。今時、大リーグの野球を見ていればどちらが正解かはすぐに分かるでしょうが、当時はそんな機会は少なく、私は「レフトは外野だから、left outだな」と思い、left outと答えました。
すると講師は笑いながら、You didn’t play the game, then.(君はプレーしなかったんだ。ベンチにいたんだ)と私に言いました。
left out は、英語では「外される」「脱落する」という意味になるので、つまりベンチにいるということになります。「レフト」の正解はLFと称されるLeft Fieldです。様々な和製英語に邪魔されている一例です。
また、こんな失敗もありました。
昔、カナダへ遊びに行った時のこと。当時親交のあったペンパルに会って改めて近況を交換した時のことです。以前彼女の母親が心臓発作で入院したことを知っていたので私は「お母さん、この間の心臓発作は大丈夫だったか?」という意図でHow was her heart break?と尋ねました。すると彼女から返ってきた答えは、「Heart break?! No, she is eighty-three」でした。そこで再度心臓のトラブルと問い直したら、それはHeart Attackだと笑って訂正してくれました。因みにheart breakは失恋です。
その他にも発音が悪く通じなかった経験は数多くありました。ただ、この種の間違いをすると、やはり気付きは大きく、2度と同じ間違いはしなくなります。
7. 英語を学ぶ理由
どうして英語を勉強するの?という問いにはいくつも答えがあると思います。
一つにはインターネット上の情報量です。世界中の情報で英語になっているのは圧倒的な約25%に対し、日本語になっているのは約3%に過ぎないといわれています。この英語をモノにしない手はありません。
二つ目。各種自動翻訳機は日進月歩で、その精度も徐々に高くなっています。アメリカのベストセラーがほぼ同時期に日本では翻訳本が店頭に並びます。しかし、その優秀な翻訳技術で商談は成立しても、人と人との個人的信頼感が生まれ、成熟していくのでしょうか。同じ言語を共有してこそ懐に入ったビジネスだと思います。直接相手の目を見て、自分の英語でがっちり付き合って頂きたいと思います。
そして、三つ目には日本に生きていて、日本を知り、理解し、そして世界の中の日本を知ることは重要です。そのための英語です。この大量の情報の中に自分のもう一つの人生を生きることです。つまり、To speak another language is to live another life. 道は未知、そして遠いのです。「高みへ、そして遠くへ行きたい!」今でも私の口癖となっています。